TAKE A WALK on the WILD SIDE

このイラスト、何年か前に、チャリティー目的の展示会に出品した3作品の1枚。見事1枚も売れず、手元に戻ってきたといういわくつきの、大変気に入っているイラストです。

お題は言わずもがな、ルー・リード「Walk on the Wild Side」。
ワイルドサイド、歩いてます?
常に盲目的に荒れた側ばっかりを選ばなくてもいいけど、ここぞのときに選択肢に入ってるなら、思い切って足を掛けてみるくらいはしたい。

ネットが出来てからますます、いろんなことに手が届くような気になりやすい世の中になったと思う。知っている気に、やったことがある気になってることも多い。リスクヘッジもしやすくなった。小賢しく便利な世の中に暮らしているなあと日々感じる。

まだ会社員のときに、周りの方々に大変恵まれ、イラストをどっさり、雑誌の1特集まるごと描いてみないか、という話が舞い込んだ。そのときの私は日々の仕事に忙殺されながらも、自分なりにも周りの評判的にも手応えがあって、こういうイラストを描き続けている時期だった。もしかして、秀作をストックしてポートフォリオ編集して、頑張って出版社に持ち込んだらちょっと仕事をいただけたりするようになるかもしれない、くらい、気持ちの片隅ではきらりとしたごく小さな希望を持ちながら、会社員として毎日グラフィックデザインの仕事を頑張っていた。
でもやっぱり確実な自信が無い。
そんなときに、いきなり、私にしたら、高くて高くてもう見えない何光年先?のようなところから光が射した。射したというかもう浴びていた。それが雑誌『ケトル』ウディ・アレン特集のお仕事だった。こんな大きなありがたい一歩、後にも先にも踏めるわけがないと思った。断る理由は全くどこにも無く、いかに会社にバレずにどちらもきちんとやるか、ただそれだけ考えた。
いまだからこういうところに書くが、この仕事をやり切るため、こんな無名も無名の私に白羽の矢を立ててくださった方に報い、ガッカリさせないために、会社の方には申し訳ないが辞めようと思った。まずは上司にほんとにゴメンと思った。専務にも社長にもちょっとゴメンと思った。このまま働き続けられると初めて思えた会社だったから、こんな大変なことがなければ、ずっと居させていただくつもりで居た。潤沢とはいかないまでも月々ちゃんと一定のお給料がいただける安定した安全な毎日を、終わらせないと前に進めないときが来た。
最初にイラストのお話が来て2週間くらいは、白羽の矢が喉元にでも刺さったんじゃないかというくらい、呼吸が浅かった気がする。うれしさで息がしにくいような状態で出勤・勤務・帰宅していた。この矢の期間、今一度ネットで調べていた。イラストレーターというものについて。若い頃に一度は成ろうと思って成れなかった職業。有名雑誌の誌上コンペに投稿して、なかなか絵まで載らなかった頃のことも思い出したりした。あまりに載らないので嫌になって諦めたことも思い出した。ネットで調べたとて、だった。核心に迫るようなことは勿論載っていないし、決断するにあたっての決定打のようなこともいまひとつ見つからなかった。
このときに思ったのが、「いまワイルドサイドを選ばなかったらいつ選ぶのだ」ということ。会社に対してはとても身勝手なのは承知の上で、私の人生の選択として正しいのは何かと考えた。やはり、いくら考えても、こんなチャンスは当分ないだろうし、これを契機に脱サラしてあとはパート(バイトと自称するには歳をとり過ぎた)で働きつつちょこちょことイラストの仕事をしていけるようになるかもしれない、ということは、望むところだと思えた。こういう半バクチみたいな決断を、後押ししてくれた同棲中の恋人の存在も大きかった。

後処理と引き継ぎを終えて、私は会社員の自分を捨てた。大袈裟だが、今後の人生ではもう会社に所属したくてもできない、そのぐらいのことをしたんだと思えと、自分に強く確認した。
いまこうしてイラストレーターだけで暮らせているのは、大変ありがたいことだ。あのとき想定した、最悪こうしようみたいなことも幸いせずに来ている。最悪こうしようという気持ちは今も全く変わらない。明日からパートしてもそれもありであると、いまも思っている。

0コメント

  • 1000 / 1000